オスカーココシュカ

クリムトシーレと並び、近代オーストリアを代表する画家の一人である。表現主義に分類されることが多いが、ココシュカはウィーン分離派、「青騎士」、「ブリュッケ」などの当時の芸術運動やグループには参加せず、終始独自の道を歩んだ。

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エゴンシーレ

 

エゴン・シーレ Egon Schiele
1890-1918 | オーストリア | 表現主義




オーストリアを代表する表現主義の画家。鉄道官吏の息子として世紀末の1890年に生まれる。急速な近代化と退廃・耽美的な世紀末の雰囲気の中、16歳でアカデミー(美術学校)に入学するが、アカデミーの体質と全く合わず馴染むことができなかった。1907年同じようにアカデミズムを拒否し新芸術運動の中心的な存在となっていたクリムトと知り合い、強い影響を受け、その後、一般に言われる表現主義とは一線を画した独創的な作風を確立する。またクリムトのアトリエでモデルのヴァリィ・ノイツェルと知り合い、以降ヴァリィの作品を数多く制作するが、シーレの心変わりにより彼女と別れた後、同じ鉄道官吏の子供のエディットと結婚をするが、1918年スペイン風邪(急性インフルエンザ)によって死去する。享年28歳。

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マルセル・デュシャン

マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp、1887年7月28日 - 1968年10月2日)は、フランス生まれの美術家[1]20世紀美術に決定的な影響を残した。

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塩田千春

塩田 千春(しおた ちはる、1972年-)は、ベルリン在住の現代美術家。大阪府岸和田市出身。2010年度より京都精華大学客員教授。

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moma: modern art

The birth of modernism and modern art can be traced back to the Industrial Revolution, a period that lasted from the 18th to the 19th century, in which rapid changes in manufacturing, transportation, and technology profoundly affected the social, economic, and cultural conditions of life in Western Europe, North America, and eventually the world. New forms of transportation, including the railroad, the steam engine, and the subway changed the way people lived, worked, and traveled, both at home and abroad, expanding their worldview and access to new ideas. As urbancenters prospered, workers flocked to cities for industrial jobs, and urban populations boomed.

Prior to the 19th century, artists were most often commissioned to make artwork by wealthy patrons, or institutions like the church. Much of this art depicted religious or mythological scenes that told stories and were intended to instruct the viewer. During the 19th century, many artists started to make art about people, places, or ideas that interested them, and of which they had direct experience. With the publication of psychologist Sigmund Freud’s The Interpretation of Dreams (1899) and the popularization of the idea of a subconscious mind, many artists began exploring dreams, symbolism, and personal iconography as avenues for the depiction of their subjective experiences.

Challenging the notion that art must realistically depict the world, some artists experimented with the expressive use of color, non-traditional materials, and newtechniques and mediums. One of these was photography, whose invention in the 1830s introduced a new method for depicting and reinterpreting the world. The Museum of Modern Art collects work made after 1880, when the atmosphere was ripe for avant-garde artists to take their work in new, unexpected, and “modern” directions.

 

退廃芸術

退廃芸術(たいはいげいじゅつ、ドイツ語: Entartete Kunst, 英語: degenerate art)とは、ナチス近代美術を、道徳的・人種的に堕落したもので、ドイツの社会や民族感情を害するものであるとして禁止するために打ち出した芸術観である。

ナチスは「退廃した」近代美術に代わり、ロマン主義写実主義に即した英雄的で健康的な芸術、より分かりやすく因習的なスタイルの芸術を「大ドイツ芸術展」などを通じて公認芸術として賞賛した。これらの公認芸術を通してドイツ民族を賛美し、危機にある民族のモラルを国民に改めて示そうとした。一方近代美術は、ユダヤ人スラブ人など「東方の人種的に劣った血統」の芸術家たちが、都市生活の悪影響による病気のため古典的なの規範から逸脱し、ありのままの自然や事実をゆがめて作った有害ながらくたと非難された。

近代芸術家らは芸術院や教職など公式な立場から追放された上に制作活動を禁じられ、ドイツ全国の美術館から作品が押収されて「退廃芸術展」など全国の展覧会で晒し者にされ、多くの芸術家がドイツ国外に逃れた。一方公認芸術は、「人種的に純粋な」芸術家たちが作る、人種的に純粋な「北方人種」的な芸術であり、人間観や社会観や描写のスタイルに歪曲や腐敗のない健康な芸術とされたが、その実態は農村の大家族や生活風景、北方人種的な裸体像が主流の、19世紀の因習的な絵画・彫刻の焼き直しにすぎなかった。

皮肉なことに、近代芸術を身体的・精神的な病気の表れである「退廃」だと論じる理論を構築した人物は、マックス・ノルダウというユダヤ人知識人であった。この理論はノルダウ以降も右翼や一部美術家を中心に盛んに取り上げられ、後にナチスも、第一次世界大戦後の文化の堕落を論じたり、人種主義的な主張を補強するために使用している。

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーErnst Ludwig Kirchner, 1880年5月6日 - 1938年6月15日)は、20世紀前期のドイツ画家エーリッヒ・ヘッケルカール・シュミット=ロットルフらと並ぶドイツ表現主義の代表的画家である。

 

 

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